こぼれ話 再建の"知恵と努力"を次代に
再建の"知恵と努力"を次代に
■明快な製作意図が活性化効果を高める
私どもでは、社史を製作するにあたって、まず製作の目的(意義)を明確にするようお願いしています。これは社史に限らず書籍全般に言えることですが製作意図が明快であればあるほど、企画の的が絞れ、狙い通りの効果をあげることができるからです。
こうした製作意図と活性化効果の関係で私にとって忘れられないのが、鉄鋼メーカーA社の10年史です。
■苦闘の再建のドラマを次代に
A社は、それぞれ長い社歴を誇る鉄鋼メーカー2社が、オイルショック後の急激な需要減退により経営不振に陥り、合併を余儀なくされ誕生した会社です。そして代表取締役に就任したS氏は、この合併を推進した親会社から派遣された方でした。
S社長は再建の使命感に燃えて赴任してきました。しかし氏を迎えたのは、意気消沈した負け組的な社内の空気と、「親会社から整理に来た」といういわれのない怖れに基づく、自分を遠巻きにするような経営陣の姿勢だったといいます。
これに対しS社長は、自ら朝一番に出社し、掃除から始めるなど、率先垂範を貫く一方、自分は再建に来たこと、ここに骨を埋める覚悟であることを全社員に訴え続け、会社を力強く牽引していきます。
そしてA社は、創立以来10期連続黒字という輝かしい業績を打ち立てます。10年史はこの再建のドラマを次代に伝えるために企画されました。
■知恵と努力というDNAの継承
この社史を自ら企画したS社長の意図は発刊のあいさつに明快に記されています。
「次世代を担う弊社社員に『知恵を発揮し努力すれば、人の力は無限である』ことを証明した貴重な体験を生かし、明日の糧にしてもらいたい」 つまり、再建は社長一人の功績ではなく、社員一人ひとりの知恵と努力の賜であることを記録し、これを会社のDNAとして次代に伝えることに狙いがあったのです。
S社長は、この社史の発刊後しばらくして他界されました。しかしA社は新社長の就任後、気持ちも新たに株式上場を目標に掲げ、見事これを果たしました。そして、種々の改革をも成し遂げつつ、創立以来の経常黒字記録を20期連続と伸ばして、この新たな栄光をもたらした知恵と努力の記録を、今度は20年史にまとめました。
よく挙げられる社史の製作目的のひとつに「温故知新」がありますが、その発刊意図が見事に社員に伝わりDNAが継承された例として、私には忘れがたい社史となっています。
(浅田厚志)